
はじめまして、高田と申します。
正直に言うと、こうして自分のことを
ネットにまとめて書くのは、初めてです。
文章として至らない部分もあると思いますし、
読みづらいところもあるかもしれません。
それでも、肩書きや実績を並べるより、
- これまで何を考えて働き
- どこでつまずいてきたのか
できるだけ正直に残したいと思いました。
管理職として立ち止まった時期のことも、
うまくいかなかった話も、
格好のいい話ではありません。
ただ、同じような場所で
考え続けている方がいるなら、
少しでも何かが伝わればと思っています。
気楽に読み進めていただけたら幸いです。
気づけば、管理職として立ち尽くしていた
私自身、管理職になる前は、いわゆる現場寄りの人間でした。
数字も出していましたし、周囲からの評価もそれなりにありました。
少なくとも、「仕事ができない」と言われる立場ではなかったと思います。
だからこそ、管理職に任命されたときも、
正直なところ「大変そうだな」とは思いつつ、
何とかなるだろう、という感覚もありました。
今振り返ると、
この時点で、管理職としての準備は何一つできていませんでした。
誰も教えてくれないまま、部下育成が始まった
管理職向けの教育を受けた記憶は、ほとんどありません。
ある日から突然、
「部下を育てる側」に立たされていました。
怒鳴るような指導はしたくありませんでした。
感情で押すやり方も、性に合いませんでした。
理屈で説明し、誠実に向き合えば、伝わるはずだと思っていました。
けれど現実は、
思った以上に反応が薄く、
手応えのない日々が続きました。
強く言えない、でも放置もできない
部下に強く言えない自分がいました。
かといって、放置できるほど割り切れもしません。
結局、
自分でやった方が早い仕事を抱え込み、
夜遅くまでパソコンを開きながら、
「これは本当に管理職の仕事なのか」と考える時間が増えていきました。
上からは成果を求められ、
下からは反応が見えない。
板挟みという言葉が、
これほど正確だとは思っていませんでした。
怒りよりも、虚しさが増えていった
ある時期から、
怒りよりも、虚しさの方が強くなりました。
頑張っているつもりなのに、
何も前に進んでいない感覚。
家に帰っても仕事のことが頭から離れず、
「自分は管理職に向いていないのではないか」
そんな考えが、夜になると浮かぶようになりました。
もし今、
同じような感覚を抱えている方がいたら、
それは決して、あなただけの問題ではありません。
私も、まさに同じ場所で立ち尽くしていました。
正しくやろうとするほど、空回りしていった
当時の私は、
決して手を抜いていたわけではありませんでした。
部下のことを考え、
どう伝えればいいのかを悩み、
必要だと思えば時間も使っていました。
育成に関する本も読みましたし、
研修で聞いた話を現場に落とそうともしました。
「管理職なのだから、育てなければいけない」
その意識は、常にありました。
だからこそ、
うまくいかない理由が分からなかったのです。
理屈で説明しても、動かない現実
感情的にならず、
できるだけ理屈で説明する。
納得してもらえるよう、背景も伝える。
自分なりに、
誠実な向き合い方をしているつもりでした。
それでも、
部下の行動は変わりませんでした。
分かったような返事は返ってくるのに、
次に同じことが起きる。
そのたびに、
「伝え方が悪かったのか」
「説明が足りなかったのか」
原因を、自分の中に探し続けていました。
自分が無能なのでは、と思い始めた
次第に、
「これは自分の力量の問題なのではないか」
そう考えるようになりました。
管理職に向いていない。
人を育てる器ではない。
本当は、プレイヤー止まりの人間だったのではないか。
そうやって、
答えの出ない問いを、
一人で繰り返す時間が増えていきました。
誰にも弱音を吐けず、
検索だけが増えていく。
同じような記事を何度も読みながら、
現場では使えないな、と画面を閉じる。
今思えば、
かなり追い込まれていたのだと思います。
真面目にやるほど、苦しくなる構造
不思議だったのは、
手を抜いている管理職の方が、
どこか楽そうに見えたことです。
私は、
部下のことを考え、
責任を引き受け、
何とかしようとしているのに、
なぜか、どんどん苦しくなっていく。
この頃から、
「真面目にやるほど、管理職は壊れていくのではないか」
そんな違和感を、
言葉にならないまま抱えていました。
問題は、部下ではなかった
当時の私は、
うまくいかない理由を、
無意識のうちに「部下側」に置いていました。
やる気が足りないのかもしれない。
理解力の問題かもしれない。
経験が浅いから仕方ないのかもしれない。
一方で、
それを口に出すことはありませんでした。
責任は管理職にある。
そう思っていたからです。
結果として、
原因は部下、
解決策は自分、
という構図が、頭の中に出来上がっていました。
部下を変えようとするほど、自分が削れていく
この構図の中で、
私がやっていたことは一つでした。
どうすれば分かってもらえるか。
どうすれば動いてもらえるか。
どうすれば成長してもらえるか。
考え、伝え、フォローし、
それでも変わらなければ、
また自分のやり方を疑う。
今なら分かりますが、
これは非常に消耗するやり方でした。
部下を変えようとすればするほど、
管理職である自分が削れていく。
努力が、静かに体力と気力を奪っていく構造でした。
根性でも、才能でもなかった
ある時、
ふと冷静になって考えた瞬間がありました。
同じ部下でも、
上司が変わると動きが変わる。
同じ自分でも、
チームが違うと疲れ方が違う。
そこで初めて、
「これは個人の根性や才能の話ではない」
そう腑に落ちました。
誰が悪い、
誰が向いていない、
という話ではなく、
最初から、やり方の順番が違っていた。
問題は、
人ではなく、設計でした。
育成は、精神論では回らない
ここで、
私の中の前提が一つ崩れました。
育成は、
熱意や誠実さがあれば何とかなる。
そう思っていた部分が、
確かにあったのだと思います。
けれど現実は、
精神論だけでは、組織は回りません。
順番があり、
役割があり、
無理をしなくても回る形がある。
それを作らずに、
人の気持ちだけで何とかしようとするから、
真面目な管理職ほど、壊れていく。
ここでようやく、
私はスタートラインに立ったのだと思います。
管理職のやり方を、ゼロから作り直した
気づきを得たあと、
私が最初にやったことは、
「もっと頑張る」ことではありませんでした。
むしろ、
これ以上、自分を削るやり方をやめることでした。
それまでの私は、
部下の変化を成果として追い、
動かない理由を自分の責任として背負っていました。
そこから一度、
その前提を手放しました。
教える前に、役割を決めた
具体的に変えたのは、
教え方ではありません。
誰が、
何を、
どこまでやるのか。
これを、
曖昧なままにしないようにしました。
期待だけを伝え、
解釈は部下任せ。
そうした関わり方を、
意識的にやめました。
役割が決まると、
判断の軸が生まれます。
育成の前に、
まず運用が安定し始めました。
関わりすぎない、という選択
もう一つ意識したのは、
関わらない勇気でした。
困っていそうだから声をかける。
つまずきそうだから先回りする。
以前は、それが管理職の責任だと思っていました。
けれど、
それは部下の経験を奪うことでもありました。
必要なところだけを見る。
全部を抱えない。
そう決めたことで、
自分の消耗が明らかに減りました。
無理をしなくても回る状態が見えた
すぐに劇的な変化があったわけではありません。
時間はかかりました。
ただ、
確実に一つ言えることがあります。
自分が踏ん張らなくても、
チームが止まらない瞬間が増えていきました。
管理職が疲弊しなくても、
組織は回る。
その感覚を、
この時初めて実感しました。
管理職は、我慢大会ではない
管理職になってから、
心や体を壊してしまう人を、何人も見てきました。
真面目で、
責任感が強く、
部下のことを考えられる人ほど、
限界まで我慢してしまう。
そして多くの場合、
壊れかけてから、
ようやく「おかしい」と気づきます。
けれど本来、
そこまで追い込まれる必要はありません。
向いていないのではなく、設計されていないだけ
管理職に向いていない。
そう悩む人ほど、
実は、管理職として必要な要素を持っています。
足りなかったのは、
気合でも、才能でもなく、
壊れない形で続けるための設計でした。
誰も教えてくれないまま、
現場に放り出される。
それ自体が、
無理のある前提だったのだと思います。
同じ場所で消耗する人を、これ以上増やしたくない
私が今、
こうして言葉を残している理由は、
とてもシンプルです。
かつての自分のように、
一人で抱え込み、
夜に考え続ける管理職を、
これ以上増やしたくない。
管理職は、
我慢大会ではありません。
無理に人を動かさなくても、
回る状態は作れます。
もし今、
立ち止まっている感覚があるなら、
それは終わりではなく、
見直すタイミングです。
この場所が、
少しでもそのきっかけになれば、
それで十分だと思っています。
正直に言うと、私自身も壊れる寸前でした
部下に振り回され、数字に追われ。
毎日どこかで無理をしていました。
布団に入ってから、
「今日のあの対応、間違っていなかっただろうか」
そんな反省会を、
何度も繰り返していました。
注意すれば、ふてくされる。
任せれば、ミスが出る。
人は少しずつ辞めていく。
最後に、心から休んだのはいつだったか。
思い出せない時期もありました。
それらすべてを、
- 自分の器の小ささ
- 管理職としての未熟さのせい
本気でそう思っていました。
でも今なら、はっきり分かります。
あれは能力不足ではありませんでした。
ちょっとした「育成の落とし穴」に
ハマっていただけでした。
やり方を少し見直しただけで、
すべてが劇的に変わったわけではありません。
ただ、抱え込みは確実に減り、
部下は少しずつ自分で考えて動くようになり、
チームの空気がどんどん変わっていきました。
管理職である私が踏ん張り続けなくても、
現場が回る感覚が生まれ始めたのです。
もし今、
- 頑張っているのに手応えがない
- ちゃんと向き合っているのに、状況が変わらない
そんな感覚が少しでもあるなら、
それは、あなたが間違っているからではありません。
自分を責める前に、
一度、仕組みのズレを確認してみてください。
→優秀な管理職ほど陥りやすい、部下が育たなくなる7つの落とし穴
このレポートでは、
管理職が壊れないための視点と設計を、
私自身の失敗と試行錯誤をもとにお伝えしています。
今すぐ何かを変える必要はありません。
一人で抱え続けないための選択肢として、
必要だと感じたタイミングで、
読んでいただけたら幸いです。
最後まで読んでいただき、
本当にありがとうございました。
高田